教会が慎重に答える問い
誰かが亡くなる。すると、葬りの手筈が整うよりずっと前に、問いのほうが先に訪れます。あの人は今どこにいるのか。何か聞こえているのか。まだあの人のためにできることがあるのか。正教のキリスト教は、確かにこれらの問いに答えます。しかも、多くのキリスト教徒が予想するよりも詳しく答えます。ただしその詳しさには、一つの但し書きが付いています。そしてその但し書きは、教えの言い訳ではなく、教えの一部なのです。魂の最初の日々について教会が伝えてきたものは、一つの描写であって、図面ではありません。
その描写を英語で最もまとまった形で示したのは、カリフォルニア出身の改宗者である修道司祭セラフィム(ローズ)の著書で、1980年に The Soul After Death(『死後の魂』)という表題で出版されました。彼が材料を創作したわけではありません。本人が述べた目的は、古い典拠を一般の読者の手の届くところに戻すことであり、本書の多くは彼自身の議論ではなく、教父からの引用、埋葬式の讃詞からの引用、そして聖人伝からの引用で占められています。
本書の各章は、この教えを含む教父的・聖人伝的な典拠を指し示そうと努めている。
セラフィム・ローズ神父 The Soul After Death(死後の魂)序文(アラスカの聖ゲルマン兄弟会、2009年印刷)
魂と体の別れ
正教の教えにおいて、死は終わりではなく、分かれです。体は横たえられ、魂は存続します。聖書はその端的な事実を短く述べています。人には一度死ぬことが定まっており、その後に審判を受ける(ヘブライ9:27、RSV訳)。正教は体を捨て去るべき殻として扱ったことが一度もありません。だからこそ埋葬式は体をあれほど目に見える優しさで扱いますし、だからこそ信経は、体を離れた自我の存続ではなく、死者の復活を待ち望むことばで締めくくられるのです。
魂が眠り込んでしまうこともありません。死者が終わりの時まで意識を失っているという考えを、教会は一貫して退けてきました。本書はこの点についての古い証言を集めています。五世紀にまさにその意見に反論した聖イオアン・カッシアン、また、魂は体を離れた後、記憶が鈍るどころかいっそう鮮明になると教えた聖アッバ・ドロフェイなどです。主ご自身が語られた金持ちとラザロの話(ルカ16:19-31)でも、二人とも意識があり、語り、覚えています。
ですから、死後の魂について正教が最初に語ることは、少しも恐ろしいものではありません。その人はなお一人の人格です。隠遁者フェオファン主教は、死を目前にした一人の女性に宛てて、こう率直に書き送りました。あなたの体は死ぬけれども、あなたは生きたまま別の世界へ移り、自分自身を覚え、周りのすべてを見分けるのです、と。
最初の二日間
その後に起こることをまとめた正教の文章として最もよく知られているのは、大主教イオアン(マクシモヴィチ)が1966年の自らの永眠の一年前に書いた「Life After Death(死後の生命)」という短い論説です。セラフィム神父はこれを自著の最終章として全文、イタリック体で収め、段落と段落のあいだに教父の文章を挟み込みました。この要約のことばは大主教イオアンのものであり、セラフィム神父ではなく大主教に帰されるべきものです。
大主教イオアンはこう記します。二日のあいだ魂は比較的自由であり、地上で親しんだ場所を訪れることができる。そして第三日に、魂は別の領域へと移っていく、と。この背後には、はるかに古い文書があります。四世紀にアレクサンドリアの聖マカリイに与えられた教えで、教会がなぜ第三日に死者を記憶するのかを説き明かし、魂が天使たちに伴われて二日のあいだ自らの体と慣れ親しんだ場所のそばに留まる様子を描いています。
埋葬式もまた、同じ光景を哀歌の形で伝えています。ダマスコの聖イオアンはそこで、体を離れた魂が自らの思いを伝えることもできず、天使たちに目を上げ、人々に手を差し伸べながら、誰も見いだせないさまを歌っています。この讃詞は、遺族の前で蓋を開けた棺のかたわらで歌われます。それは恐れをあおるためではなく、祈りを促すためのものです。
第三日
この記述によれば、第三日に魂は、主ご自身が第三日に復活されたことにならって、昇って神を拝するよう命じられます。その途上で魂が出会うのが、伝統が「空の関所」(aerial toll-houses、空中の関所)と呼ぶものです。堕ちた霊たちが、その魂を誘って犯させた罪を次々と持ち出し、天使たちがそれに答える——そうした試みです。大主教イオアンは、第三日は永眠者にとって恐ろしい日であると述べ、だからこそその時に祈りが必要なのだ、と言います。
この教えの要素には、それ自体の長い歴史と、それ自体の論争があり、別に扱うだけの価値があります。姉妹記事で詳しく述べました。ここでは二つだけ申し上げておきます。第一に、家や番所、秤や支払いといった描き方はあくまで比喩であり、セラフィム神父はそのことを、できるかぎり明快なことばで述べています。第二に、その数や段階は法則というより一般的な目安だということです。大主教イオアンの文章に添えた解説の中で彼は、聖人たちは地上の場所に執着していないためしばしばただちに上昇を始めること、また記録された多くの事例はこの型どおりには進んでいないことを指摘しています。
第九日と第四十日
同じ四世紀の典拠によれば、その試みの後、魂は第九日まで義人たちの住まいを示され、続く残りの四十日のあいだは苦しみの場所を示されます。そして第四十日に、魂には一つの場所が定められ、そこで死者の復活と公審判(最後の審判)を待つことになります。第九日の記憶は、正教の著述家たちのあいだでは天使の九つの位階とも結びつけられています。
大主教イオアンは、これによって何が定まり、何がなお開かれたままなのかについて慎重です。彼はこう書きます。ある魂は喜びを前もって味わう状態にあり、別の魂はこれから来る苦しみへの恐れのうちにある。けれども、そのどちらも満ち足りた形になるのは公審判の時であり、それまでは魂の状態はなお変わりうる。とりわけ聖体礼儀の奉献と祈りによって、と。本書の中でこの問題を最も長く論じている部分も、セラフィム神父自身の筆によるものではありません。それは、十五世紀のフィレンツェ公会議でラテン側に反論してこの点を論じたエフェソスの聖マルコの教えを収めた付録です。
教会がこれらの日を守る理由
シンガポールの正教徒の家族に、身内が亡くなって四十日目に何をしているのかと尋ねれば、答えは簡単です。祈っているのです。そして司祭に祈りを捧げてくださるよう願ったのです。三日、九日、四十日、そして命日という区切りは、一つの営みの骨組みであって、物好きのために公表された時刻表ではありません。それらがあるのは、悲しみに行き場を与えるため、そして愛にすべきことを与えるためです。
ここは、正教の説明が他の多くのキリスト教徒の考えと最も目に見えて異なる点です。曖昧にするよりも、率直に申し上げるほうがよいでしょう。きわめて多くの誠実なキリスト教徒が、死者のために今できることは何もなく、死者のための祈りは神に対して出過ぎたことであるか、あるいは二度目の機会を含意してしまう、と考えています。正教は初めから自らの死者のために祈ってきました。その祈りを、死が分かつことのなかった一つの体のうちでの愛の行いとして理解しており、個々の場合にその祈りがどのような結果をもたらすかを知っているとは主張しません。
教会が実際に祈っていること
要約に頼るよりも、実際の祈祷文そのものを読んでみる価値があります。祈りは、描写よりも目に見えて控えめだからです。祈りは願うのであって、宣告はしません。教会の永眠者のための祈祷は公開されており、印刷もされていて、正教の棺のかたわらで何が唱えられるのかを知りたい人は誰でも手に取ることができます。
- 臨終の床で司祭が読む「魂の離別に際しての規程(カノン)」。生神女(しょうしんじょ、神を生みたまいし女、ギリシア語のテオトコス)に、空の君に妨げられることのない道行きを願う祈りです。
- 埋葬式そのもの。その大半は、人生の短さと神の憐れみについてのダマスコの聖イオアンによる讃詞から成っています。
- パニヒダ。第三日、第九日、第四十日、命日、そして一年のうちの追悼土曜日に行われる短い追悼の祈祷です。
- 聖体礼儀(せいたいれいぎ、正教会の奉神礼の中心)における名前の記憶。正教の著述家たちは、これを永眠者のためのあらゆる祈りの中で最も力あるものとみなしています。
- これらすべての祈祷に繰り返される祈願。すなわち、永眠者の安息、すべての罪過の赦し、そして光明の所、緑なす野の所、安息の所を。
地図ではなく、一つの型
この主題を真剣に扱う正教の文章は、どれもどこかで、私たちに告げられていることは望むほど多くはない、と述べます。1980年、在外ロシア正教会の主教会議がこれらの問題をめぐる論争を検討したとき、その決議はまず次のように述べることから始まりました。神は、これ以上のことを多く啓示することを善しとされなかった。すなわち、魂の至福はその生涯がどれほど真にキリスト教的であったかにより、その苦しみは罪の程度による、ということ以上には。それに憶測を加えることは救いの役に立たない、と主教たちは述べました。
セラフィム神父も、自らの仕事について同じ精神で書いています。The Soul After Death の序文で彼は、述べることのできる教会の教えと、現代の個々の報告についての彼自身の読み取り——これは暫定的に差し出されたものです——とを区別しました。
これらの解釈については、もちろん、正教徒のあいだに正当な意見の相違の余地がある。
セラフィム・ローズ神父 The Soul After Death(死後の魂)序文(アラスカの聖ゲルマン兄弟会、2009年印刷)
別の伝統からこの話題に来られた方へ
福音派や無教派の背景をお持ちの読者は、ここに書かれたことを二つの方向で同時に奇妙に感じることが少なくありません。魂が何を経るのかについては予想より具体的であり、誰が最終的にどこに行き着くのかについては予想より断定を避けている。どちらの印象も的を射ています。正教は受け継いだ詳細な描写を保ってきたと同時に、個々の人についての判決を公表することを固く拒んできました。そして正教自身は、この二つの習慣が互いに緊張関係にあるとは感じていません。
セラフィム神父自身の父母はプロテスタントでした。改宗者への彼の助言は、家族を論破することではなく、家族と平和のうちにとどまることでした。ここに書かれたことをどれか確かめてみたいと思われるなら、誠実な方法は四十日をめぐって議論することではなく、一度パニヒダに立ち会い、実際に何が願われているのかを聴いてみることです。コーヴァンにある聖堂の扉は開いています。中に入る前に何かに同意するよう求める者は、誰もいません。